パリスエロスから始まった
「一貫して、ずっとオリジナルバンドがやりたかった」
私パリ子の音楽の旅は、この抑えきれない初期衝動から始まりました。10代の頃からの夢なのです。いくつものバンドを渡り歩き、諦めずにメンバー募集を繰り返していた2014年。私の運命を大きく動かす出会いが訪れます。
応募してくれたのは、新潟の伝説的ハードロックバンド「アーネストエロス」の初代ドラマー、安藤エロスさん。オリジナル曲をリリースしている経験者の存在によって、私のくすぶっていた夢に光がさしこむのでした。
彼へのリスペクトを込めたバンド名、それが「パリスエロス」です。
※2014〜2019年12月まで活動
時にはメンバーが揃わず、ベース、ドラム、ボーカルの3人だけで、ひたすらクリック(メトロノーム)に合わせて基礎練習を繰り返す日々もありました。ライブの数は圧倒的に少なかったかもしれません。けれど、あのスタジオで重ねた貴重な日々が私の原点です。
紆余曲折を経て、ドラムの安藤エロスさん、ベースのポコさん、ギターの島ティ、そしてボーカルの私。この4人で、浜田麻里のカバーに挑むことになりました。
個人的にはDTMでのオケ制作やレコーディング、ミックスの技術を学び、YouTubeへの「歌ってみた」動画投稿をスタート。「オリジナルバンド」をやるための実力を磨くのが目的でした。
10年の時を超えて完成した『青い薔薇』
しかし、オリジナル制作の道は甘くありませんでした。当時の私の実力不足で、どうしてもバンドでやれるクオリティにできなかったのです。
キーボードにおき君、コーラスサポートにあやちゃん、石田さんも加わり、大きなステージに立つことができたパリスエロスは、「浜田麻里カバー」をやり切り終了となりました。
しかし、このパリスエロス時代に生まれ、枯れかけていた曲『青い薔薇』は、多くの人の手助けを受けて、実に10年という歳月をかけ、力強いバンドサウンドをまとい2026年6月6日の長岡HOODで演奏されます!

終わらないバンド探しの旅、そして丸さんたちとの誓い
その後も、オリジナルバンドのメンバー募集は続き、 知り合いだった超絶ギタリスト井田さんと繋がったのもつかの間、時代はコロナという暗雲に包まれ、ライブやバンド活動は自制を余儀なくされます。コロナが少し落ち着き、2022年バンド活動を休んでいたリハビリを兼ねて、井田さんと難曲挑戦バンド・フォースマジュールを結成。そして井田さんは並行して、新潟の守護神「STEELDRIVER」に参加することになります。
そして同時期バンド探しの中で手を差し伸べてくれたもう一人のキーパーソンを紹介させてください。ギタリストでありコンポーザーの丸山さんでした。
長い間眠っていた『青い薔薇』に、丸さんのギターが加わった瞬間、まるで枯れた花に命が吹き込まれるように鮮やかに蘇ったのです。バンドでは、丸さん、ドラムの菊池さんと私。それぞれが持ち寄った3つの楽曲を形にしました。しかし、方向性の違いから丸さんとのバンドはすぐに解散となりました。2023年3月−7月の短い期間でしたが、私にとって「バンドで曲を創り上げる」という有意義な体験ができたことは何物にも代えがたい財産となりました。
「丸さんバンドで生まれたこの3曲は、私が何があっても必ず世に出す」
自分が作詞したという経緯もあり、またなりよりも曲が素晴らしかったので、これらの曲の完成は私に任せてくださいとお願いしました。そして、この誓いは、いよいよ今年実現できそうです。
「青い薔薇」「ZEROの街」2026年6月6日長岡HOODにて発表
「サンセットカフェ」2026年12月弥彦ジョンレノントリビュートライブで発表予定
最高のギタリストへの敬意と、揺るぎない確信
丸さんとのバンドが解散してからも、オリジナルバンド探しは続きます。
2025年4月にアルバムをリリースしギタリストとして世界デビューを果たされた井田さん。ライブでのギタープレーのみならずアレンジにおいても圧倒的な才能を発揮する姿に感銘を受けました。
いよいよ一緒にオリジナルを……と思っていましたが、方向性の面から「オリジナルバンドへの参加は難しい」という結論になりました。
こうして数々のチャンスを逃し、オリジナルバンドにたどり着けない日々は続きます。残念ではありましたが落ち込みませんでした。(笑)これまでがそうであったように、私に使命があるなら、また新しい出会いがあるはず。そんな確信があったからです。
バンドじゃなくていいのかも。
今までの繋がりを活かして、その曲に賛同してくれるミュージシャンに、アレンジや演奏をお願いする。ストックしてある曲をそうやって完成させたら、実際ライブで演奏してくれるメンバーを別に募集すればいい。浜田麻里さん方式が自分には合ってると気づきます。
正直ライブ数こなして、全国ツアーして・・・顔出しもバンバンして、といったようなバンド活動をしたいとは思わないです。けれどもバンドで歌うのは好きだし、自分の曲を生で演奏して、お客さんの反応を確かめたり、一緒に盛り上がったりしてみたいのです。たまにでいいので(笑)それと、自分で歌えない曲も、他の誰かに歌ってもらい、世の中に出したいのです。私は、演者で目立ちたいというより、作品やMV作ったりとクリエーターとして活躍したいという意欲の方が強いです。
パリスロックの誕生へ
2024年コピバンの活動は続きます。しかし、イベントのたびにメンバーを募り、その都度バンド名を変え、知名度ゼロから宣伝をやり直す日々。そんな非効率なやり方に終止符を打つため、一つの決断を下しました。
「私が招集したロックバンドは、パリスロックでいく!」
早速、パリスエロスのデザインをパリスロックに引き継いだロゴを制作しました。

しかも変幻自在にメンバーチェンジするバンド。最大の強みは、枠に囚われない圧倒的な自由度。曲や難易度によってプレーするメンバー変えることができる。でたいライブのスケジューに合う人とバンド組める。
同じバンドをずっと続けるには負担が大きいけれど、一回限りならやれるという気軽さで夢の共演だって実現しやすいのです。「バンドやってみたいけど人脈がなくてステージに立てない」という原石に、チャンスの光を当てることだってできます。
実際やってみたらこれが夢の共演だらけで、今まで出たくても出れなかったライブにも出れたりと、自分にとっても、参加者にとってもなかなか良いシステムでした。
私はボーカルですが、パリスロックの主役は必ずしも私一人ではありません。2026年の3月には、zumiさんがメインボーカルでライブをやりました。今、私はオリジナル曲の制作に最も力を入れています。しかし年齢的にあれもこれもと欲張って挑戦できる時間はありません。だからこそ、私の作った曲を、私よりもカッコよくステージで表現してくれるボーカルさんがいるなら、喜んでその場所を提供します。適材適所です。ツインボーカルで新しい世界を創るのも面白いなと思いました。
こう書くとパリちゃん、ボーカル引退か!と思わないでください。生涯現役でメタルを歌いますよ!他のバンドも続けるし、パリスロックでもボーカルはやります!だたオリジナルを優先すると決めました。
「曲作って、賛同してくれる人と形にする」
パリスロックで出会った人たちが意気投合して、新しいバンドができてもいいし、人と人の化学反応で新しい曲ができていくかもしれません。
自由で、熱くて、誰もが主役になれる場所。それが、私の「パリスロック」です。プロジェクト参加に興味を持っていただけましたら、お気軽にお問い合わせください。
また、私は現在新潟にいますが、学生時代の音楽サークルや、YouTubeの宅録チームに所属していたこともあり、全国に音楽仲間がおります。宅録での楽曲制作や、時々遠征ライブもやってみたいです。
ライブ出演希望、楽曲提供希望、MV撮影などで関わりたいなど、なんでもOK。ワクワクする音楽活動を一緒にしましょう!

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